コラム「この人」第16回 山田哲夫会員

今回は、国際育英委員長の山田哲夫さんをご紹介します。

 子供時代は伊東で過ごされました。終戦直後でした。北里柴三郎の別邸跡にあった私立幼稚園からスタートされています。小学校低学年までは、下駄履き、運動場を裸足で走り回って、足を洗って教室に入るという毎日でした。今とは違う時代ですが、大人達の配慮があったのでしょう、子供として苦労をしたという思いはないと言われます。
 高校まで伊東で過ごされた後、東京で働きながら大学を卒業されます。大変だったのは「スクーリング」への出席。経済学部でしたが、本当は人文系に行きたかった、と笑われます。影響を受けた人物、1人目は中学の先生です。体育の先生でしたが、雨の日には本を読んでくれたことが記憶に残っている、と回想されます。2人目で最も強く影響された人物は、医者で文筆家の木下杢太郎(注)です。「人そのもの」に興味を持たれたとのこと。木下杢太郎は、伊豆、富士、房総の他、九州(佐賀、長崎、熊本)を徒歩で旅行した人物とのご説明。それが、山田さんの「お遍路」踏破に繋がっていると推察しました。山田さんは、木下杢太郎の研究をライフワークとされています。
 頼まれた仕事は断らないことが信条。税理士の使命は、相手がどのような状況にあっても納税の義務を助けることにあると言われます。その積み重ねが現在のお仕事の基盤です。ふと、「歴史を知らないと、真の伝統は生まれないのでは」と言われました。大切だと思うことをきちんと伝えていくというお考えに、きめ細やかなお人柄を感じました。
 1946年、静岡県伊東町(市)生まれ。山田哲夫税理士事務所、代表税理士でいらっしゃいます。

(注)1885年(明治18年)静岡県伊東町生まれ。詩人、文筆家。与謝野鉄幹の「明星」同人。本名は、太田正雄、医学博士で皮膚病の研究に実績がある。没後も研究者が多くの図書を出版している。生家は木下杢太郎記念館。

(編集者注) 広報・公共イメージ向上委員会は、コラム「この人」に会員のご紹介記事を掲載して参ります。どうぞ宜しくお願い致します。

(文責:広報・公共イメージ向上委員、九門康之)